新紙幣の肖像画に選ばれた渋沢栄一とはどんな人物なのか?

HIBIKI FP OFFICE(愛知県名古屋市のFP事務所)代表ファイナンシャルプランナーの重永です。

新紙幣が発表されてから数ヶ月経ちます。

今さら感がハンパないですが、福沢諭吉から新1万円札の肖像画に選ばれた渋沢栄一とは誰なのか?

大人は知っておかないと恥ずかしいですよ。

子供に聞かれた時に答えられないとね。

【渋沢栄一に興味を持っていただく情報】

メジャーリーグのエンゼルスに在籍する、あの大谷翔平も日本ハム時代に渋沢栄一の本を読んでいます。(興味でた?)

渋沢栄一の講演を記録した「論語と算盤」という本です。

大谷翔平といえば目標設定シート(夢実現のための目標を書き出す)が有名ですよね。

その目標設定シートに”渋沢栄一の「論語と算盤」を読む“と書いていたそうです。

それくらい有名な人なのです。

【渋沢栄一が生きた時代】

1840年3月16日に現在の埼玉県で生まれました、なんと天保11年です。

徳川慶喜が将軍となったのに伴い、20代で幕臣となりました。

大政奉還後はフランスで学んできた“株式会社制度”を実践したり、商法会所を設立しました。

その後、大蔵省(現在の金融庁)に入省し、官僚として活躍しました。

官僚退官後は第一国立銀行の頭取に就任し、実業界に身を置くことになります。

(ちなみに“Bank”を”銀行“と訳したのは渋沢栄一)

その後は多くの会社設立に携わり、1931年(昭和6年)に91歳で逝去しています。

【資本主義の父】

渋沢栄一は資本主義の父と言われています。

「資本主義とは」

自由に経済活動できることです。働いたら働いた分だけ報酬を得られることです。

「みんな同じ歩幅で行こうね」という社会主義と真逆の考え方が資本主義です。

明治維新によって、それまでの「士農工商制度(農家の子は農家)」が廃止されて「国民が自由に仕事を選択できる」ように資本主義の基礎を渋沢栄一が主となって築きました。

【数字で見る渋沢栄一】

「500」

東京海上日動、帝国ホテル、東京証券取引所、キリンホールディングス、サッポロホールディングス、などの現在に続く大企業の設立に携わっています。

誰もが知っている会社ばかりですよね?

数は500を超えるそうです。

こうしたことから”資本主義の父“と呼ばれています。

「600」

一橋大学、日本女子大学の設立にも携わっています。

教育・社会事業の設立に携わった数は、600にも及びます。

現在の一橋大学は、当時”商法講習所“と呼ばれ、実業界で活躍できる人材を養成するための「日本で初めて」の教育機関です。

そして当時としては珍しい「女子教育」を推進し、現在の日本女子大学の設立を支援し、自らが校長を務めています。

「14」

渋沢家は藍玉(藍染めのやつね)の製造販売と養蚕も手がける農家でした。

農家といっても藍染めの原料を仕入れ・販売を行なっていたため、常に算盤をはじく環境にいました。

14歳の時から一人で藍葉を仕入れるようになり、商業の才能を開花させます。

【まとめ】

もっと細かく偉業を書いたらキリがありませんが、これだけでもスゴさは伝わったかと存じます。

大人なら、お金が好きなら、新紙幣の肖像画に選ばれた人物のことを知っておきたいですね。

経営者の人は渋沢栄一にまつわる書籍を読むのも勉強になりますよ。(私もいつか読みます、いつか)

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中立の立場からアドバイス

代表の重永は銀行員時代、金融機関の提供する金融商品に疑問を抱き退職しました。弊社は代理店契約(保険など)を一切しておりません。仲介手数料や紹介料に踊らされることなく、顧客の利益を最優先に、各個人に最良の提案をしています。

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